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仙台高等裁判所 平成11年(ネ)287号 判決

主文

一  控訴人の主位的請求に関する本件控訴を棄却する。

二1  原判決中控訴人の予備的請求に関する部分を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、一六七三万一五七一円及びこれに対する平成七年九月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

四  この判決は、第二項2に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し一六七三万一五七一円及びこれに対する平成七年九月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人に対し原判決別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決、並びに2、3項につき仮執行宣言。

なお、控訴人は、原審において、予備的に「被控訴人は、控訴人に対し、一八三九万八五七一円及びこれに対する平成一〇年八月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との請求をしていたが、当審において、予備的請求についても、右金員請求額のとおり、請求を減縮した。

二  控訴の趣旨に対する被控訴人の答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  本件における当事者の主張は、次の二に附加・訂正するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

二1  原判決五頁九、一〇行目の「一六七三万一五七一円」の次に「、二次的に同年六月二日の時点における現金一七七五万三二六四円、三次的に控訴人が預託した委託証拠金一五七〇万円」を加え、同六頁一〇行目から同七頁一〇行目までを、次のとおり改める。

「 そして、控訴人が被った損害額は、前記一七七五万三二六四円及びその時点における原判決別紙株券目録記載の株式の評価額一七〇万八〇〇〇円の合計一九四六万一二六四円というべきであり、仮に右損害額が認められないとしても、控訴人は、被控訴人の不法行為により、少なくとも控訴人が委託証拠金として預託した一五七〇万円と右の株式の本訴提起時における評価額一六六万七〇〇〇円の合計一七三六万七〇〇〇円の損害を被ったものと認めるべきである。」

2  原判決一〇頁一行目の次に行を変えて次のとおり加える。

「 3 控訴人は、本件以前にも二社との間で商品先物取引の経験を有し、先物取引に関し相当の知識を有していたところ、控訴人は、平成六年八月一一日及び同年一一月二四日に建玉内訳が記載された残高照合通知書に署名し、右八月一一日には被控訴人に対し一〇〇万円を追加して預託し、同年一一月二四日には入用ができたとして証拠金のうちから一〇〇万円のみの返還を求め、同年一二月一九日には入院中の控訴人を訪ねた橋本に対し、残高照合通知書に署名し、建玉の一部の処分を指示しているのであって、これら控訴人の一連の行動は、本件取引が控訴人に無断でなされたことと到底相容れるものではない。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の認否

被控訴人の主張事実のうち、本件取引の内容が原判決別紙売買一覧表のとおりであることは認め、その余は否認ないし争う。」

3 原判決一〇頁三行目の「証拠関係目録」を「原審及び当審における書証目録、原審における証人等目録」と改める。

理由

一  請求原因1の事実のうち、控訴人が大正九年八月二七日生まれであること、被控訴人が東京穀物商品取引所及び東京工業品取引所等の各取引所の商品先物取引員であること、同2(一)の事実、同(二)の事実のうち、控訴人が平成六年五月二六日に入院したこと、平成七年二月一四日までの取引が控訴人の計算により行われたこと、同(三)の事実のうち、控訴人が平成六年八月一一日ころ被控訴人盛岡支店に来社したこと、同(四)の事実のうち、控訴人が同年一〇月一一日、被控訴人盛岡支店に来社したこと、同日被控訴人が控訴人から株券の送付先を記載した書面を受領したこと、及び本件取引の内容が原判決別紙売買一覧表のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実及び証拠(甲一、二、三の1、四ないし九、一〇の1ないし14、一一ないし二一、二三ないし五二、五五、五六、乙一ないし五、六の1ないし4、七及び八の各1、2、九の4、一〇、一一及び一二の各1、2、一三、一五の1ないし109、一六ないし一八の各1ないし4、一九の1ないし3、二〇の1ないし20、二一の1ないし36、二二の1ないし5、二三の1ないし69、二四の1ないし99、二五ないし二八、二九の1ないし4、三一、三二の1ないし36、三三の1ないし4、三四の1ないし3、原審証人喜入哲郎、同橋本雅司、原審における控訴人の供述、原審における岩手県立中央病院及び同盛岡繋温泉病院に対する調査嘱託の結果)、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人は、大正九年八月二七日生まれで一人暮らしであり、昭和五三年三月岩手県の職員としての仕事を退職した後、岩手県身体障害福祉協会理事、授産施設長等を務め、平成元年三月から無職となり、年金生活をしている。

被控訴人は、東京穀物商品取引所及び東京工業品取引所等の各取引所の商品先物取引員であり、商品先物取引業務の受託会社である。

2  控訴人は、平成三年二月一五日から平成四年九月一四日まで、商品先物取引業務の受託会社である北辰商品株式会社(以下「北辰商品」という。)において、粗糖、白金、大豆、小豆、銀、綿糸及び金の先物取引を行ったが、担当者から金銭の貸付けを依頼されたことや取引が自己に相談することなく行われたことを理由として、同社の管理部に苦情を申し立て、その結果、平成五年一〇月七日、同社との間で、売買総損金二三八一万六八九一円が発生したことに関し、同社が控訴人に和解金として七五〇万円を支払うことを内容とする和解契約を締結し、右金員を受領した。

3  控訴人は、平成三年七月三一日から平成四年六月三日まで、北辰商品における取引と並行して、同じく商品先物取引業務の受託会社であるカネツ商事株式会社(以下「カネツ商事」という。)において、小豆、大豆及び白金の先物取引を行っていたが、控訴人の指示どおりの注文がなされなかったことを理由として、商品取引所に異議を申し立て、その結果、平成五年四月一四日、右カネツ商事との間で、同社が控訴人に見舞金として二〇〇万円を支払うことを内容とする和解契約を締結し、右金員を受領した。

4  控訴人は、北辰商品の管理部次長に勧められ、被控訴人盛岡支店において取引を行うことになり、平成六年一月一八日、被控訴人との間で商品先物取引委託契約を締結して同日被控訴人との間で商品先物取引を開始し、これ以降平成七年二月一四日まで、被控訴人の先物取引勘定元帳上、被控訴人に委託して原判決別紙売買一覧表記載のとおり各商品先物取引を行い、右取引期間中、委託証拠金として、原判決別紙入金状況記載のとおり、株券及び現金を被控訴人に預託した。

5  本件取引の開始当初は、被控訴人の従業員である須藤弘が控訴人の担当者であったが、控訴人の電話や来訪に対し、右須藤に替わって被控訴人盛岡支店の支店長である喜入が対応したことなどから、控訴人は、喜入に対し取引の注文をすることが多くなった。

6  控訴人は、日本経済新聞、先物市況に関するテレビ番組、投資専門誌である投資日報等によって、取引相場に関する情報を得て、本件取引の開始当初から、被控訴人に対し、電話により取引の数量、品名、限月を指示して取引を行っていた。

7  控訴人は、平成六年五月二六日朝、左上下肢の脱力感を覚え、近くの国分医院で診察を受けたところ、医師から総合病院への入院を勧められ、同日正午ころ、岩手県立中央病院(以下「中央病院」という。)に入院した。控訴人は、同病院への入院時に左顔面を含む左不全片麻痺が見られ、頭部CTスキャンの結果、脳梗塞と診断された。

8  控訴人は、中央病院に入院後、同年五月中は寝たきりの状態で、点滴治療、頭部CTスキャン検査等を受け、病院内の移動は車椅子で行っていた。控訴人は、同年六月一日から、検査のほか、リハビリとして、理学療法、作業療法を受け、付き添いを伴っての手洗いへの歩行が可能となって、同月六、七日ころから病院内を歩行することができるようになり、その後、脳血管撮影、脳波検査等を受けた。

9  控訴人は、平成六年六月一五日、同病院において、痴呆の疑いの有無についてテストを受けたが、その正解率は三〇点満点(二〇点以下が痴呆の疑いありとされていた。)中二一点であり、正常域と痴呆の疑いがある状態との境界域にあり、とりわけ記憶力の低下が顕著であった。また、そのころ実施されたメンタルテストでも、控訴人は終戦記念日を答えられない状態であった。

10  控訴人は、右入院中、中央病院から被控訴人盛岡支店に電話し、喜入に対し、中央病院に入院していることを伝え、また、盛岡繋温泉病院に転院する予定であること等を伝えた。

11  控訴人は、平成六年六月二〇日、中央病院を退院し、日常生活動作もほぼ改善されていたので世話をする者がいれば自宅療養も可能であったが、一人暮らしであったことから、親族の希望もあり、盛岡繋温泉病院に転院し、同病院において、頭部CTスキャン、尿検査、血液検査等の諸検査を受けるとともに、作業療法及び理学療法(いずれも一日各一五分ないし四〇分程度)によるリハビリ治療を受けた。

12  控訴人は、被控訴人に対し、平成六年五月二五日現在、一六七三万一五七一円の現金及び原判決別紙株券目録記載の株券を預託していたところ、被控訴人は、控訴人が中央病院に入院した後である平成六年六月上旬以降、控訴人の発注がないにもかかわらず、原判決別紙売買一覧表のとおり、控訴人に無断で控訴人名下での取引を行った。その回数は本判決別表商品別及び月別売買回数のとおり、控訴人が入院するまでの取引回数が六、七回から一六回であったのに対し、入院後である同年六月は四〇回、同年七月は五回、同年八月は六二回、同年九月は九一回、同年一〇月は四五回と著しく増加しており、しかもその中の取引は、入院前と比較し、「売り直し・買い直し」(一旦仕切った商品につき再度買建玉又は売建玉をすること)、「途転」(一旦仕切った商品につき、即日それと反対の注文である買建玉又は売建玉をすること)、「両建玉」(買建玉又は両建玉に対し反対の売建玉又は買建玉をすること)、「手数料不抜け」(建玉を反対売買により仕切って益金が出ても、その額がその注文執行の手数料を下回ること)が多数混在するものであった。

13  控訴人は、平成六年八月一〇日、盛岡繋温泉病院から外泊許可を得て帰宅したところ、被控訴人から同月八日時点で証拠金が一〇〇万円ほど不足しているとの通知があったことから、翌一一日、被控訴人盛岡支店を訪れ、喜入に対し、持参した一〇〇万円を渡した。

喜入は、右一一日の時点では証拠金不足の状態が解消しており、一〇〇万円を受領する必要がなかったにもかかわらず、あえて同金員を受領のうえ、控訴人に対し、「お預かり委託証拠金及び委託証拠金必要額」欄に追証拠金〇円、返還可能額六一五万六〇三五円、「現在の建玉内訳」欄に右入院後に行われた計一二件の取引分を含む建玉とその値洗状況(値洗差金は七五八万四〇〇〇円のマイナス)が記載されている同月一一日付け残高照合通知書(甲一一)を手渡し、その概略を説明して、同通知書の回答欄に署名を求めたところ、控訴人は、言われるままに同欄に氏名を自署した。しかし、同通知書に不動文字で印刷された「通知書事項について(何れかに○印を付して下さい。(1) 通知書の通り相違ありません。(2) 下記の事項について、相違又は内容不明な点がありましたので、調査のうえ回答願います。」との記載欄については何らの記入もしなかった。

14  控訴人は、同年一〇月一一日、盛岡繋温泉病院から外泊許可を得て帰宅したところ、被控訴人から金額を二六四〇万五二一八円とする委託証拠金預り証(甲四)が送付されていたが、その摘要欄には同年八月一〇日に控訴人が持参した一〇〇万円に関する「新規入金一〇〇万円を含む。」との記載があった。

15  控訴人は、同年一〇月一一日、被控訴人盛岡支店を訪れ、喜入に対し、手仕舞いをして、証拠金充用証券である株券を返還するよう求め、また、右株券の送付先について、入院先の盛岡繋温泉病院に送付するよう求めた。

16  控訴人は、同年一一月一七日に同人の姉についての遺産相続問題に関する弁護士費用として現金九〇万円が入用になったため、同月二二日、喜入に電話し、一〇〇万円を返還するよう依頼した。控訴人は、同月二四日、被控訴人盛岡支店を訪れ、喜入から右一〇〇万円を受領し、同日付け残高照合通知書(甲二〇)の回答欄に、言われるまま、自己の氏名を自署し、同通知書に不動文字で印刷された「通知書事項について(何れかに○印を付して下さい。(1) 通知書の通り相違ありません。(2) 下記の事項について、相違又は内容不明な点がありましたので、調査のうえ回答願います。」との記載欄の(1) に○印を付し、さらに「相違なし」と記入した。

17  被控訴人管理部において委託者管理を担当していた橋本雅司(以下「橋本」という。)は、同年一二月一九日、盛岡繋温泉病院に入院中の控訴人を訪れ、控訴人に対し、脳梗塞の病状等について世間話をしたうえ、同時点で取引を手仕舞いした場合の結果を問う控訴人の質問に対し、持参した同月一六日付け残高照合通知書(甲二一)を示して、九八万七五四六円から手数料、消費税、取引税を差し引いた分しか残らないことを説明し、さらに、同時点での証拠金が八万七九五四円不足しており、入金ができないなら建玉を処分することにより取引を維持できる旨説明した。控訴人は、右説明を受けて、両建のものがあるなら、同時に処分すれば必要な証拠金の額は減少するのではないかとの考えが思い浮かび、その旨を橋本に述べたところ、橋本は、そのことを右通知書に記載して欲しいと要求したので、控訴人は、橋本の指示に従い、同通知書に印刷された「通知書事項について(何れかに○印を付して下さい。(1) 通知書の通り相違ありません。(2) 下記の事項について、相違又は内容不明な点がありましたので、調査のうえ回答願います。」との記載欄のうち、(1) に○印を付し、さらに「以上の通り相違ございません。不足分については、売買一枚づつでも処分をして下さい。」と記入した。

18  橋本は、同月二〇日、右指示を被控訴人盛岡支店に連絡し、結局、右銀の建玉は、同日、売り買いとも三枚ずつ仕切られた。しかし、かかる枚数三枚ずつという仕切は、控訴人の指示によるものではなく、被控訴人の独自の判断によるものであった。

19  控訴人は、平成七年二月一三日、被控訴人に対し、代理人を通じて平成六年五月二六日以降の取引は全て無断売買であり、同月二六日現在預託されている現金一六七三万一五七一円と株券の返還を求める旨の通知(乙二七)をした。そこで、被控訴人は、平成七年二月一四日、控訴人に関する全建玉を手仕舞いした。

二1  右認定に関し、被控訴人は、控訴人が無断売買であるとする平成六年五月二六日以降の取引は、全て控訴人が被控訴人盛岡支店の支店長である喜入らに注文し、これを受託して被控訴人が行ったものであると主張し、右受託の証拠として、控訴人ら顧客との電話でのやりとりをメモしたものである「委託者連絡簿」(乙一四)を提出し、原審証人喜入哲郎もその旨証言する。

2  しかし、右委託者連絡簿(乙一四)には、取引の受注が取引日ではない休日や日曜日、土曜日になされたとする記載が多数見受けられるところ、原審証人喜入哲郎は、その点に関し、「平成六年一月から同年四月までの分は後日勝手に記載・作成したものであるが、同年五月分以降は当時、顧客とのやりとりを忠実に記載したものである。」と証言する。しかし、同年五月分についても、例えば、五月一三日分は、当初は「3」であったものを「1」を加えて「13」としていること、五月二七日分は当初「五月二九日」であったものを「五月二七日」と訂正しているが、これは「五月二九日」が日曜日であったことからかかる訂正をしたのではないかとの疑いがあり、不自然である。しかも、このことに、甲一〇の3ないし11(盛岡繋温泉病院に対する調査嘱託回答書抜粋)によれば、本判決別紙のとおり、右委託者連絡簿(乙一四)において控訴人から電話があったとされる平成六年六月二九日午前一〇時五分、同年七月二六日午前一〇時三七分、同年八月二三日午前九時五分、同年九月二日午前九時一〇分、同月五日午前九時七分、同月六日午前九時二分、同月一三日午前九時四七分、同月二七日午前九時、同年一〇月一四日午前九時四五分、同月一七日午前一〇時七分には、控訴人が盛岡繋温泉病院においてそれぞれ作業療法、理学療法を受けている最中であり、喜入らに対し電話をすることができない時間帯であったことが認められることを合わせ考慮すると、右乙一四は、後日虚偽の内容を作為的に記載した文書であるといわざるを得ないから、右乙一四、及びその作成者であり、同文書の内容が真実であることを前提とする原審証人喜入哲郎の証言は、全体として到底信用できない。

3  加えるに、本件取引の回数は、本判決別表商品別及び月別売買回数のとおり、控訴人が入院するまでの取引回数が六、七回から一六回であったのに対し、入院後である同年六月は四〇回、同年七月は五回、同年八月は六二回、同年九月は九一回、同年一〇月は四五回と著しく増加しており、しかもその中の取引は、入院前と比較し、「売り直し・買い直し」、「途転」、「両建玉」、「手数料不抜け」が多数生じていることが認められる。

売り玉を仕切って即日また売りを建てる売り直し、同様の方法による買い直しは、通常手数料の負担が増えるだけで委託者にとっては無益な取引である。途転は、既存の建玉を仕切り、即日、それと反対の建玉を行うことであるが、これもむやみに行われると手数料が増えるだけで委託者にとっては無益な取引となる。両建は、対応する売り買い双方に証拠金を必要とするうえ、手数料も倍額が必要となり、両建の時点で仕切った場合と同額の差損差益が実質上確定し、委託者の利益を生むことは積極的には期待できないから、迷ったときに様子をみたり、追証拠金を準備するための時間稼ぎなど、判断に時間を要することが具体的に必要な特段の事情がない限り、これを行う意味は委託者にとってはあまりない。手数料不抜けは、売買取引により利益が発生したものの、手数料を差し引くと損失となっている場合であり、その時点で仕切ることがやむを得ない事情がない限り、手数料が増えるだけで委託者にとっては無益である。

このように、委託者である控訴人が脳梗塞により入院し、軽度の痴呆状態に陥った以降に、これら控訴人にとって有害無益となることが多い反面、被控訴人にとっては手数料収入の増加となる取引が急激に増加し、しかも、月々の取引回数自体も異常な増加を示しているという事実は、本件取引が控訴人にとって無意味な反復売買の色彩が強いものであることを示唆するものといわざるを得ない。

4  現に、甲四四ないし四六、五〇ないし五二、乙二四の1ないし99によれば、<1>平成六年一〇月一七日時点での東京穀物商品取引所の小豆取引は、売買益が一三七万二〇〇〇円、委託手数料が八八五万一八〇〇円であり、消費税を加えた差引き損が七七六万九〇一一円となっていること、<2>同年一一月九日時点での東京工業品取引所の白金取引は、売買益が五四万四〇〇〇円であり、委託手数料が一三三万二八〇〇円であって、消費税を加えた差引き損が八三万一三七八円となっていること、<3>平成七年二月一四日時点での東京工業品取引所の銀取引は、売買益がマイナス三四七万六四〇〇円であり、委託手数料が七一八万三四〇〇円であり、消費税を加えた差引き損が一〇八八万二七八五円となっていること、<4>平成六年六月二八日時点での東京穀物商品取引所の粗糖取引は、売買益が二四一万六〇〇〇円、委託手数料が一八二万円であり、消費税を加えた差引き益が五三万八六九〇円であること、<5>同年七月一日時点での東京穀物商品取引所の米大豆取引は、売買益が一九〇万六五〇〇円であり、委託手数料が三七万七〇〇〇円であり、消費税を加えた差引き益が一五一万七二四〇円であること、<6>同年九月二九日時点での東京工業品取引所のゴム取引は、売買益が五三万七五〇〇円であり、委託手数料が二三万一七〇〇円であり、消費税を加えた差引き益は二九万八四五二円であることがそれぞれ認められる。

そして、控訴人が入院した以降において控訴人名下で行われた先物取引のうち、<1>ないし<3>は、巨額の損失が生じており、しかも、かかる損害の巨額化の主たる原因は、委託手数料が巨額に及んでいるためであること、<4>ないし<6>は、利益が生じているが、<4>は、委託手数料が高額なものになっているためさほどの利益が生じておらず、また、<1>ないし<3>と<4>ないし<6>とを総体的に比較すると、委託者である控訴人にとって、入院後の取引が、利益よりも損失の方が桁違いに大きい無益なものであったことが明らかである。

5  以上を総合すると、被控訴人の従業員である喜入らは、控訴人が入院後、巨額の委託手数料を徴収して自社の利益を図ることを企図して、控訴人に無断で、違法に本件取引を行ったものと推認するのが相当であり、前記被控訴人の主張は採用できない。

三1  また、被控訴人は、控訴人は、本件以前にも二社との間で商品先物取引の経験を有し、先物取引に関し相当の知識を有していたところ、控訴人は、平成六年八月一一日及び同年一一月二四日に建玉内訳が記載された残高照合通知書に署名し、右八月一一日には被控訴人に対し一〇〇万円を追加して預託し、同年一一月二四日には入用ができたとして証拠金のうちから一〇〇万円のみの返還を求め、同年一二月一九日には入院中の控訴人を訪ねた橋本に対し、残高照合通知書に署名し、建玉の一部の処分を指示しているのであり、これら控訴人の一連の行動は、本件取引が控訴人に無断でなされたことと到底相容れるものではないと主張する。

2  確かに、右控訴人の一連の行動は、商品先物取引の経験を有する者の行動としてはいささか不自然の観があり、むしろ控訴人が本件取引を指示、容認していたことを示す徴表とみる余地がないではない。

しかしながら、控訴人は、過去に商品先物取引の経験を有していたとはいえ、脳梗塞が発症して中央病院に入院した後においては、その知的能力自体が著しく減退していたのであり、平成六年六月一五日のテストにおいても、その知能は、正常域と痴呆の疑いの状態との境界域にあり、軽度の痴呆状態にあり、ことに記憶力が著しく低下している状態にあったのであるから、前記のような観点から前記控訴人の一連の行動を評価するのは相当ではない。むしろ、被控訴人側のベテラン職員である喜入、橋本による説明に対し、軽度の痴呆状態にあり、記憶力も著しく低下した控訴人が対等に反論、対応が出来る状態にあったとは考え難く、そのため控訴人が喜入らに言われるまま残高照合通知書の署名に応じたのもやむを得ないものがあったというべきである。

現に前記残高照合通知書の記載を精査すると、被控訴人側による証拠捏造工作の形跡が散見されるのであり、例えば、控訴人は、本件入院前に作成されたかかる残高照合通知書(甲一九)には、署名しかせず、同通知書に不動文字で印刷された「通知書事項について(何れかに○印を付して下さい。(1) 通知書の通り相違ありません。(2) 下記の事項について、相違又は内容不明な点がありましたので、調査のうえ回答願います。」との記載欄には、何ら記入しない対応をしており、同年八月一一日付けの残高照合通知書(甲一一)でも、同様に同欄には何らの記載をしない対応をしていたことが明らかであるにもかかわらず、右甲一一と同一の文書であるはずの、被控訴人提出にかかる同日付け残高照合通知書(乙九の2)には、同欄の(1) の「通知書の通り相違ありません。」との箇所に○印が付されている(なお、乙九の2は原審第三回口頭弁論期日に、また甲一一は原審第八回口頭弁論期日にそれぞれ提出された。)。

これは後日、被控訴人側により、控訴人がその入院中に本件取引を指示、容認していた証拠を捏造するため虚偽の記入がなされた疑いが強いといわざるを得ない。

このことに、前述したように、被控訴人側が控訴人から発注があったことを証する最大の根拠であるとする前記委託者連絡簿(乙一四)が被控訴人側が後日作成した虚偽文書であり、他に控訴人から発注があったことを証する客観的証拠がないこと、控訴人入院後の取引は、それ以前と比較し、回数が異常に増加し、しかも、その取引内容は、「売り直し・買い直し」、「途転」、「両建」、「手数料不抜け」等手数料の負担が増加し、委託者に受益の少なく、手数料負担を増大しやすい取引が著しく増加しており、控訴人に生じた損失も手数料の増加による部分が最も大きいことが認められることを考慮すると、被控訴人は、控訴人が脳梗塞により入院したことを奇貨として、巨額の委託手数料を得て自社の利益を図るため、控訴人に無断で控訴人名下に本件取引を行い、このことを隠蔽するため、控訴人に対しては、軽度の痴呆状態になり、記憶力が極度に低下し、自信をもった反論が出来ない状態にあることに乗じて、前記のような控訴人が本件取引を容認していたとの証拠の捏造を画策したものと推認される。

そうすると、平成六年一一月二四日付け残高照合通知書(甲二〇)の同欄の(1) に○印が付され、回答としては同印で十分のはずなのに、控訴人に「相違なし」と意味が重複する記載をさせているのも、被控訴人側により、控訴人が入院後の取引を指示、容認していたという、より明白な外観を作出するための証拠作りとして、控訴人に対し、かかる記載を敢えて求めたための重複とみることも可能である。

3  さらに、控訴人が同年八月一〇日に一〇〇万円を持参したのは、平成六年八月八日付け証拠金等不足額請求書(甲二四)により証拠金として一〇〇万円が不足している旨の通知を受けたためと推認されるところ、同月一〇日の時点では証拠金が不足している状態は解消されていたというのであるから、その受領を差し控えるのが自然と解されるのに、喜入が敢えて同金員を受領したのは、前記残高照合通知書の記載と同様の意図に基づくものではないかとの疑念を払拭しきれないものがある。なお、控訴人が同年一一月二四日に証拠金のうちから一〇〇万円のみの返還を求めたのは、当時、弁護士費用として九〇万円の金員を必要とする事情があったためであり、このことをもって、控訴人が本件取引を指示、容認していた証左とみるのは早計である。

4  最後に、被控訴人本社管理部の橋本が同年一二月一九日に盛岡繋温泉病院に入院中の控訴人を訪れ、同月一六日付けの残高照合通知書(甲二一)を示し、控訴人に同欄の(1) に○印を付させたうえ、「以上の通り相違ございません。不足分については、売買一枚ずつでも処分をして下さい。」との記載をさせた経緯について検討すると、原審証人橋本雅司は、右経緯につき「被控訴人盛岡支店の顧客の実態を調査し、顧客に異議の申立て、苦情がないかを調べるため、盛岡繋温泉病院に入院中の控訴人を訪れた。控訴人に対し、脳梗塞の病状等について世間話をしたうえ、同時点で取引を手仕舞いした場合の結果を問う控訴人の質問に対し、持参した同月一六日付け残高照合通知書(甲二一)を示して、九八万七五四六円から手数料、消費税、取引税を差し引いた分しか残らないことを説明し、さらに、同時点での証拠金が八万七九五四円不足しており、入金ができないなら建玉を処分することにより取引を維持できる等の説明をした。すると、控訴人は、両建をしているなら、売りと買いとを同時に処分して欲しいと述べたので、そのことを右通知書に記載してもらった。」旨証言する。

しかし、被控訴人本社管理部の職員である橋本が、わざわざ盛岡に赴き、顧客に異議の申立て、苦情がないかを調査した目的は、被控訴人本社管理部として同盛岡支店の委託者売買状況を監査ないしチェックすることにあったと考えられるところ、右監査ないしチェックの手順としては、顧客と面談する前に、同盛岡支店にある顧客の先物商品取引に関する記録を精査し、顧客が精神障害者、年金等により主として生計を維持する者等商品取引をするに相応しくない者に該当しないかどうか、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な取引を勧めたり、手仕舞い指示を即時に履行せず新たな取引を勧めたり、「売り直し・買い直し」、「途転」、「両建」、「手数料不抜け」等手数料の負担が増加し、委託者に損失を生じやすい取引が多数回にわたりなされているなど、不適正な取引行為がなかったかどうかを十分に調べ、その調査において問題がありそうな顧客を重点的に調査するのが通例と解される。

ところで、前述したように、控訴人は、当時、脳梗塞により長期入院中であったところ、控訴人入院後の取引は、それ以前と比較し、回数が異常に増加し、しかも、その取引内容は、「売り直し・買い直し」、「途転」、「両建」、「手数料不抜け」等手数料の負担が増加し、委託者に損失を生じやすい取引が著しく増加したうえ、当時控訴人には、七七九万九二一〇円もの損金が生じていたのであるから、橋本としては、被控訴人盛岡支店にあった控訴人に関する記録、帳簿類を精査すれば、控訴人の商品先物取引をする適格、取引の適正さが極めて疑問であることを容易に知ることができたはずであり、むしろ、調査の結果、かなりの問題があることを認識していたからこそ、盛岡繋温泉病院まで足を運び、控訴人との面談調査を実施したものと考えられる。

そうすると、橋本は、控訴人と面談するほか、同病院の医師と面会するなどして控訴人の病状、判断能力を調査すべきであり、また、控訴人との面談の際には、入院後の取引が、それ以前と比較し、回数が異常に増加し、しかも、その取引内容が、「売り直し・買い直し」、「途転」、「両建」、「手数料不抜け」等が著しく増加しており、その結果巨額の損失が生じているという、前記取引状況を正確に説明し、かかる取引が控訴人の指示、了解に基づくものであるかを丹念に尋ね、かかる結果に至ったことにつき異議、苦情がないかを十分確かめる必要があったというべきである。しかるに、橋本は、右調査において、医師に面会した形跡もなく、控訴人に対し、前記取引状況を正確に説明したり、かかる結果が生じたことについて、異議、苦情がないかを十分に確かめるなどした形跡はない。むしろ、手仕舞いの意向を示した、控訴人に対し、その場合には、九八万七五四六円から手数料、消費税、取引税を差し引いた分しか残らないことを説明し、さらに、同時点での証拠金が八万七九五四円不足しており、入金ができないなら建玉を処分することにより取引を維持できる旨説明するなど、手仕舞いをすることが控訴人の利益にならず、かえって証拠金の入金をうながすなどの対応をしたことが認められるのである。しかも、軽度の痴呆状態にあった控訴人が、証拠金の入金の替わりに両建の売りと買いとを同数仕切るという、控訴人にとって、利益にはならず、手数料のみが増える措置を言及したところ、橋本は、右措置の問題点について教示するでもなく、直ちに右措置をとることを了解し、しかも、右やりとりは口頭で足りたはずであるのに、わざわざ、控訴人に残高照合通知書にその旨を記載させたものであり、これら橋本の一連の対応は、前記訪問目的に照らし、極めて不適切な措置であったといえよう。このことに、前述したように、喜入らにより、控訴人が軽度の痴呆状態になり、記憶力が極度に低下し、適切な反論、対応が出来ない状態にあることに付け入り、控訴人が本件取引を容認していたとの証拠の捏造が画策されていたことを合わせ考えると、前記橋本が控訴人に対し、適切な調査、説明をせず、控訴人が証拠金が入金できない場合の措置として、前記のような言及をするや、すかさず残高照合通知書にその旨を記載させ、控訴人に判断能力があることを示唆するかのような書面を作らせたのも、同様の証拠作りが目的であったとみることが可能である。

5  したがって、控訴人の前記一連の行動をもって、入院後の取引を指示、容認していたことの証左とする被控訴人の前記主張は、到底採用の限りではない。

四1  以上によれば、被控訴人の従業員である喜入らには、控訴人が入院前である平成六年五月二五日の時点で委託証拠金として現金一六七三万一五七一円及び原判決別紙株券目録記載の株券の預託を受けていたところ、控訴人に脳梗塞が発症して、軽度の痴呆状態になり、入院するに至ったことを奇貨として、控訴人に無断で控訴人名下での商品先物取引を行い、しかも、その回数は入院前と比較し、異常に増加し、その内容も「売り直し・買い直し」、「途転」、「両建」、「手数料不抜け」等、控訴人にとって益することが少なく、手数料負担が増大するものが多数含まれ、その結果、手数料を中核とする巨額の損失を生じさせ、もって、控訴人の請求額に見合う、少なくとも前記委託証拠金として現金一六七三万一五七一円等の損失を生じさせたことが認められるから、受託会社の従業員としての責務に反する違法及び故意・過失行為があったと解される。したがって、その使用者である被控訴人は、不法行為に基づき、控訴人に生じた一六七三万一五七一円の損害及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年九月八日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を賠償する責任があるというべきであり、同請求は理由があるからこれを認容すべきである。

2  ところで、控訴人は、主位的に無断売買が不当利得に当たることを理由に平成六年五月二五日の時点で被控訴人に預託していた現金一六七三万一五七一円及び原判決別紙株券目録記載の株券の返還を請求するが、これらは控訴人と被控訴人との商品委託契約により被控訴人に対し預託された現金、株券であって、同日以後に行われた商品先物取引が控訴人に無断でなされたことにより、遡って法律上の原因のない預託となるものではなく、よって、不当利得を理由にこれらの返還を求める控訴人の主位的請求は理由がないから、失当としてこれを棄却すべきである。

五  したがって、原判決中控訴人の主位的請求に関する部分は相当であるから、この点に関する控訴人の本件控訴を棄却し、予備的請求に関する部分は相当でないから、取り消したうえ、これを正当として認容することとする。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六四条、六一条を、仮執行の宣言につき同法三一〇条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 喜多村治雄 裁判官 小林崇 裁判官 大沼洋一)

別紙<省略>

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